Theatre Collective HANCHU-YUEI

 2007年より、東京を拠点に海外での公演も行う演劇集団。すべての脚本と演出を山本卓卓が手がける。

 現実と物語の境界をみつめ、その行き来によりそれらの所在位置を問い直す。

生と死、感覚と言葉、集団社会、家族、など物語のクリエイションはその都度興味を持った対象からスタートし、

より遠くを目指し普遍的な「問い」へアクセスしてゆく。

 近年は舞台上に投写した文字・写真・色・光・影などの要素と俳優を組み合わせた独自の演出と、観客の倫理観を揺さぶる強度ある脚本で、日本国内のみならずアジア諸国からも注目を集め、マレーシア、タイ、インド、中国、シンガポール、ニューヨークで公演や共同制作も行う。

 『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。

090-6182-1813(制作)

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NY2日目|大橋一輝

February 17, 2017

 

 

 

 

 

NY2日目

 

 

 

この日は朝から行動。

NYの街を歩く。

起床後コーヒーを飲んでメープルヨーグルトを食べ、りんごをかじり、顔を洗って準備して、身軽になって朝のNYの街に。

とりあえずマンハッタンの南をめざす。

自由の女神が見えるであろう海の方まで歩く、という漠然とした目標のもと、とりあえず歩く。

朝のNY。ホテルのあるLexington Ave と47th streetから南へ。数字はどんどん減っていく。

歩く。

スターバックスのコーヒーを片手に歩く人が多いような気がする。犬を連れた人、サンドイッチを食べながら歩く人、イヤホンをつけて独り言みたいに電話する人、車椅子の人、家族連れ、ゴミ処理をする人、警察官、学生らしき若者、自転車、スケボー、その多様さは例えば東京の朝の風景と変わらない。みんなどんな1日を過ごすのだろうか。

 

やはり特筆すべきは人種の多様さだ。白人、黒人、アジア系、北欧の方だろう陶器のような白くて青い目の顔、アラブ系、そして日本人らしき人も時々いる。

みな、思い思いの思考でリズムで歩いている、ように見える。そこを想像する。

 

歩く。

飲食店やカフェがとても多い。

そういった店はいたるところにある。朝からコーヒーをすすりながら向かいあって談笑する人、一人で携帯をいじりながらサンドイッチを食べる人、イヤホンをつけてMacにむかって指を動かす人、その傍らにはスタイリッシュなデザインのコーヒーの入った容器。

日本でもよく見る光景だ。

NYには路上にベンダーと呼ばれる屋台がある。お手軽なお値段で簡単なマフィンやベーグル、ドーナツからチリソースを使ったエスニック料理や有名なチキンオーバーライスを朝はよく見かけた。

ドリンクや、新聞もある。車で、移動式屋台だ。売っている人は過剰な客引はしない。

 

それぞれのリズムで、気ままに商売してる、ように見える。他に仕事もしているのかもしれない。

お昼頃の人気なベンダーには行列ができるほどだ。

いつか食べたい、フィクションの世界で憧れた、ホットドッグのベンダーは見当たらない。

 

歩く。

NYの街や人と心の中で会話をしながら歩く。

やっと30番台streetへ。

思ったよりも広くて遠い。やはり少し甘くみていた。

タバコに火をつける。

NYでは建物の中はほぼ禁煙で、喫煙はだいたい外だ。そしてみんな堂々と吸って歩きタバコしている。タバコに対する考えが日本とは違う。建物の中に喫煙所がないのは少し辛いが、外で歩いて堂々と吸える。それに習う。

日本ではできない。携帯灰皿はもう溢れそうだ。

 

ひたすら歩く。  しかし10番代のstreetで断念。海まではまだまだある。数字が1より先は一つ一つ違うstreetの名前になる。

地下鉄に乗る。勝手がわからないが、慎重に英語を読んで想像力を働かせながら手探りでやる。一回乗りの3ドルのチケットを求める。紙幣が入らない、戻ってくる。硬貨はまだどれが何かはっきりわからない。硬貨に刻まれた細かい文字を解読する。

アメリカの歴史や人物や建物が刻まれている。それがアメリカの貨幣の証。これが刻まれていなかったら、ただの金属だ。貨幣というもの。

路線図と睨めっこする。どれに乗ればいいのだろう。販売機に戻る、紙幣が戻ってくる、路線図と睨めっこする、他の人々はすんなりとチケットを買って、入って行く。隣の人は紙幣がすんなり入る、なぜだ。

聞いてみようかと思うが、聞かない選択をする。ここまでで10分くらいは経っている。

ためしに20ドル札を入れてみる。ペラペラのチケットが出てくる。大きいお金じゃないとだめなのか?

お釣りをとって、無事入場。

初めてのNYの地下鉄。方向も大丈夫だ。

割と簡素で殺風景な電車内。

人はそんなに多くはない。別に物珍しい様子で見られない。

南へ行けるところまでいく。

乗った電車では海までは行けないようだ。終点のBrooklyn bridge city hallという駅まで行く。もっと南へは電車でどういけばいいのだろう。

 

地上に上がる。

もう数字のstreetではない。

少し、街の様子が違うような気がする。

トイレに行きたくなったが、はっと思い当たることがあった。トイレが少ないのだ、NYは。探して探して、やっとこさ見つける。

NYには公共のトイレはほとんど見当たらない。ちょっとしたカフェやありそうな建物の中にもことごとく見当たらない。焦った。日本では、こんなことはまずない。

見つけたのは、駅構内に連結する建物の中だ。駅の中にも今のところ見当たらない。みんなどうしているのだろう。想像する。

 

海を目指していたが、まだ距離があり、時間にも限りがあるので今日はこの辺りまでにしようと作戦を切り替える。

心の向くままに歩いて、街と交換する。

 

ワールドトレードセンター、グラウンドゼロが近くにあったことを思い出す。

辺りを見回して、それらしき場所を探す。

歩く。

スターバックスでカプチーノを買う。

片手に持ってすすりながら探す。NYと、スタバのコーヒー、このケミストリーと一体感、臨場感。先天的なイメージ。うまい。温かい。

 

それらしき場所を見つける。

何かのモニュメントらしきもの、そしてワールドトレードセンターの文字を見つける。

でもどのタワーがあのタワーかわからない。

開けた場所に出る、ワールドトレードセンターミュージアムというものがある。

空を見上げる。

たぶん、あれとあれだ。

あの場所に、きた。

 

この場所もテレビの中の世界だった。

あの日、中学一年生か二年生の時テレビでみたあのニュース。

大きなビルから、黒い煙が出ている。

アメリカのニュース番組みたいなレイアウトで、そのまま日本のニュース番組にのっかって流れている。しばらくしたら、いきなり画面右から黒い速いものがすごいスピードで現れてあっという間にビルに突っ込んだ。

もう一つの映像はカメラが下から巨大なタワーをなめるような形で撮られている。

よく覚えている。

空は綺麗な青空。もうすでに白い飛行機は画面にいて、ゆっくりビルに吸い込まれていく。煙。

アナウンサーの英語の声。

何が起こっているのかはなんとなくわかった。でもこれがどういうことだったのかが少しづつ勉強できてきたのは、つい最近の話だ。

あの日は2001年、9月11日。今日は2017年2月15日。この16年間で僕は中学、高校、大学に通い、社会人になってほんの少しだけ大人になった。

あの日テレビで見た世界に、僕は身体を持って、きた。

 

空を見上げる。

飛行機がびゅんびゅん飛んでいる。

その白い飛行機をじっと見つめる。

僕はきっと、今日はここにくるために歩いていたんだ。

 

歩く。たくさんの人が空を見上げている。

みんな、何を見ているんだろう。

少しぬるくなったカプチーノをすする。

ある場所に来た時に、足がすくんだ。

おそらく二つのタワーがかつて実際に存在した跡地。その一つに出会った。

 

中央にスクエアの、黒いくぼみがある。

それは底が見えない。

中央のスクエアの黒いくぼみに向かって、自分の高さの位置からまず直角に下に、それからくぼみにぶつかるまで水平に、ぶつかったらまた直角に下に、水が止まりなく流れている。水の音。

自分のいる目線、同じ地上ラインのスクエアを囲む端はもりあがってふちどられて、そこには亡くなった方たちの名前が刻まれている。水はその中から出てきている。

その黒い底の見えないくぼみと、スクエアに刻まれた名前、そして水がいっぺんにやってきた時、足がすくんだのだ。

大きなお墓のようだ。

最近写真で見たメッカのカアバ、あの黒い石のことを思い出す。

 

水が、音が、黒が、何かこの場所のもつ力が、僕をどこかに連れていく。

スクエアをぐるっと回る。

刻まれた名前を見る。

もう一つ同じものを見つける。同じ造り。

人々は空を見上げたり、スクエアをみてスマホで写真を撮っている。

身体を寄せ合うカップル、スマホが離せない観光客風、銃を携帯した警察官、子供達。

おそらく、近しい方を失った人もいる。

ミュージアムに入ってみたいが、今日はタイムアップ。また後日必ずいこう。

最後にまた空とタワーを見上げる。

薄い水色の空。

白い飛行機が飛んでいる。

じっと見つめる。

 

 

駅に戻り、急行電車に運良く乗り込める。チケットは、今度は紙幣がすんなり入る、なぜだ。急行は速い、一旦ホテルに戻って荷物をピックアップしたいからホテル最寄りの駅に。地下鉄の中では僕のすぐ隣で急にパーカッショニストがパフォーマンスを始めた。

周りの人別に驚かない。

全てのその車両にいる人が聞いているわけではないが、終わったら自然と拍手が起こる。

目の前の女性はパーカッショニストにチップをあげていた。

NYの地下鉄では本当に構内や電車内でミュージシャンがパフォーマンスしている。

街でもそうだ。

NYの街と、アート。

世界中の色んなアーティストが、きっとこの街にいる。

 

有名なGrand Central station。すごい名前だ。

とてつもなく大きくて、たぶんマンハッタンで一番でかい。クラシカルな外装、内装、かなり好みだ。ロンドンのKing's Cross駅を思い出す。いつか、そこにも行きたい。

 

歩く。ホテルを目指して。

時間は入り時間わりとぎりぎりだ。でもかまわない。

今日は歩いて、歩いて、歩いてきた。

それが、なによりの財産だから。

ホテルで荷物をピックアップし、劇場へ。

今日は一回ランスルー(通し稽古)をして、夜はdress rehearsal、ゲネプロ。

 

劇場入り。

ランスルーは稽古着でいいからとりあえず稽古着で。スタッフさんのおかげで劇場のスタンバイは滞りない。

すぐるはスタッフさんと打ち合わせしながら、黙々と俳優がいなくてもできるテクニカルなチェック、コミュニケーションをして、あとはひたすらパソコンに向かってプロジェクションの確認、修正を送っているようだ。

彼はどんな午前〜今までを過ごしたのだろう。

さちろーちゃんもすでに入っている。

彼も何を今日はしていたのだろう。

それぞれの時間を経て、ランスルーへ。

ランスルー後、フィードバック、そしてゲネプロへ。

それぞれの時間の蓄積と今の構築が、絡み合う。

ゲネプロ後、すぐると個人的に話す。

時間が、この作品やお互いを育ててくれて今僕たちはここで芝居をしている。その感触を話した。

言葉でお互いやこの芝居のことを余白を残しながら確認する。

その後、解散。

 

その後、一人で夜のタイムズスクエアへ。

歩く。

昨日みんなで行けたらと話していたが、自然に足が向いて下見がてらいく。まだ歩く。

タイムズスクエア、またテレビの世界の場所に、身体を持ってきた。

こんなに大きな動く動画は初めて見たような気がする。

世界の中心というフレーズが浮かんでくるタイムズスクエア、寒空の下、じっとこの場所といて、見て、交換する。

 

ホテルに戻る。

歩いた、今日はたくさん歩いた。

明日や未来に繋がる、個人的な時間とランスルー、ゲネプロだった。

僕たちはそれぞれの時間と共有する時間をもちながら、それぞれで一緒の初日を、明日NYで迎える。

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