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思い入れ

  • 2025年3月5日
  • 読了時間: 2分

それを否定する作家も世の中にはいるが、執筆は、作家の辿ってきた道が反映されるものだ。経験がなければ書けない部分がある。その経験に才能や感性が加味され、上澄に知識や技術や題材への調査力などがある。下層から順に、経験、才能、感性、知識、技術、調査力、と、それらが多層的に混ざり合った結果言葉となり、物語となる。


そのような経緯で出来上がった言葉と物語の地層に、わたしの場合「思い入れ」という気体が乗っかる。「思い入れ」とは「思い出」になる前の状態のものだ。思い出が過去に基づくのならば、思い入れは「未来に経験するだろう感情」の意味でわたしはここで用いている。


例えば、イセガメかれを演じる福原冠が「きっとこの音で読むだろうな」と思いながらわたしは書く(書かされる)。すると本当にその通りの響きになったりする(インスタライブのアーカイブ参照)。あるいは「このシーンはきっと難解に思われるだろう」と思えばやはりそう受け止められることもある。未来にわたしはこの言葉をどう聞くだろう、俳優はどう読むだろう、観客はどう受け止めるだろう。あるいは「そう、なってほしい」。その想像や願いをわたしは「思い入れ」と呼んでいる。「思い入れ」は、地層の上を透明な気体のように覆い、ある時は時雨を降らせ、ある時は予期せぬ虹を架けたりし、作品全体の輪郭を絶えず有機的なものにする。


出来上がった作品は、生き物のように、時間とともに変化してゆく。思い入れがなければ、変化は鈍くなる。月の地層が静止しているのは、そこに気体がないからだ。一方、地球では風が吹き、雲が流れ、景色が変化し続けている。


わたしの作品に思い入れがなければ、変化は止むだろう。今作において「続編がある」という事実は、稽古や上演で積み重ねた「思い出」が、さらなる未来の経験にむかって手を伸ばす、ということを意味する。それは大いなる「思い入れ」だ。


「息あるところに風は吹く」

これは劇中のアクの決めゼリフだ。

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範宙遊泳 Theatre Collective HANCHU-YUEI

 2007年より、東京を拠点に海外での公演も行う演劇集団。

 現実と物語の境界をみつめ、その行き来によりそれらの所在位置を問い直す。

生と死、感覚と言葉、集団社会、家族、など物語のクリエイションはその都度興味を持った対象からスタートし、より遠くを目指し普遍的な「問い」へアクセスしてゆく。

 近年は舞台上に投写した文字・写真・色・光・影などの要素と俳優を組み合わせた独自の演出と、観客の倫理観を揺さぶる強度ある脚本で、日本国内のみならずアジア諸国からも注目を集め、マレーシア、タイ、インド、中国、シンガポール、ニューヨークで公演や共同制作も行う。

 『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。

『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。

090-6182-1813
合同会社範宙遊泳
代表社員:山本もも

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